2020年10月11日(日)麻溝台・新磯野地区の土地区画整理事業のこと

今更ですが、写真は南区で昨年からストップしている麻溝台・新磯野第一整備地区土地区画整理事業地域内の地下埋設物の置かれた状況です。

この事業は、私が議員に初当選した1987年には既に開発意欲をもった市当局がコンサルタントに委託して様々なプランを作らせていました。

一方で、当該農地は「市街化調整区域」という開発を抑制する地域に指定された場所でありながら、当時、”野焼き”や建築基準法に違反した建築物、産廃や残土を捨て置くなどの荒廃が進んでいました。その課題の解決を、開発によって解消しようとして結果が、市施行の区画整理事業という手法に至り、結局現在の立ち止まりに至ったものです。

90年代~は地域の環境を守る会の方たちや、荒廃農地を何とか原状回復させ、農地を守っていこう、と行動する市民の方たちとともに、現地のパトロールや、市・県に働きかけ、現場を一緒にある農地を守るために違反した地権者や事業者に措置命令を出してもらうために行動し、議会でも質疑や提案していました。

ただ、行政の動きは保全ではなく、開発のために調整区域の枠をはずし、市街化区域にしていくために特定保留地域に指定し、148ヘクタールと広すぎる地域を3分割して開発できるように、都市計画の線引き見直しを県といっしょに緩和するなど一直線でした。

それでも、何が埋まっているかわからない、という懸念はずっとあり、長く安易には手を出せない場所でもあった、と以前の職員からは聞いていました。

それを加山前市長が進めたわけですが、案の定、地中埋設物の調査でめちゃくちゃな量の産廃が発出、包括委託契約をした、清水建設との折り合いも、地権者の負担で処分することの完全な合意も進まないまま、立ち往生するしかなかった現場の職員は本当に苦悩したと思います。

第三者委員会野検証報告や内部調査チームの検証報告でも、号令をかけられても、体制も不十分、包括委託の内容も不十分、その検証さえできない組織体制の中で現場が疲弊したであろうことが浮き彫りになっています。

今回、10月6日から、9日まで元市長らに参考人としてきてもらい、質疑を行いました。残念ながら、内容と結果は非公開のままですが、明らかにできることを決め、何が問題だったのか、少しでも市民の前に説明できるようにしなければ、と思います。

 

仮置きされた埋設物縮小版

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