6月7日(木)平和と共生ー都内のイベント参加で元気もらいました!

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6月6日1 6日の5 6日の4昨日夕方から、憲政記念館で開催された、市民が変える日本の政治ーと題した集まりに参加してきました。上記はその登壇者の一部の方たちの写真です。

一番下段から、鋭く追及して話題になった、東京新聞記者の望月記者、不当な弾圧を受けた沖縄からの、山城博治さん、伊藤真弁護士、山本太郎参議院議員です。このほかにも、野党の各国会議員や、反TPPで頑張っておられる山田正彦元農水大臣、安田節子さんなどなど、そうそうたるみなさんが、話をされ、今の政権の異常さと内閣総辞職を求める市民与論をもうひと押し進めよう、などと話されました。

中でも望月記者はとてもパワフルに話され、元気をくれましたし、山本太郎参議院議員は野党が経済政策を語るべき、という話をされたのが共感できました。

国の政治の劣化が全国の自治体の行政に悪い影響を与えていきます。ほとんどすべての国民は、うそがまかり通っている、と思っているのに、やめるといわないから内閣が存続していく異常さを、世論の力で追い詰めよう!と鼓舞されました。

今度の日曜の新潟県知事選挙の結果がとても気になり、重要でもあります。前回に次いで、脱原発の意思表示を野党統一候補の池田さんを勝たせて示してほしいと願っています!

6月4日(月)檻(おり)の中のライオン In 相模大野

檻の中のライオン3 憲法についてのお話、は檻の中のライオン2現政権になってから2~3回弁護士の方を講師に招いた講座に参加してきていますが、今回は話題の「檻の中のライオン」の著者、楾 大樹(はんどう たいき)弁護士のお話でした。新聞で知っての参加でした。

権力者をライオンに、ライオンを縛る「檻」を憲法とたとえてのお話は、とてもわかりやすく可視化して立憲主義を説明してくれています。

教職員の方の講座も招かれると話されましたが、公務員や教職員の若い方たちに聴いてほしいお話です。憲法を規範に仕事をすることを公務員の現場にもっと当たり前に意識化できると、もう少し市民・国民にそった仕事になるのではないか、とモリ・カケ問題のみならず、思うことが多いからです。

たとえば、今の全国的な国保などの取り立てのための「債権回収機構」の手法の行き過ぎは違憲ではないのか、とか、、。

教科書の憲法についての記載が乏しい実態、誤っているのではないか、と思える事実も紹介されたのはとても参考になりました。

モリトモ問題での、公有地の便宜を図ったと思われることについては、憲法89条に明確に反して違憲ではないかーとか、国会を開けと要求したことに対し、開かずに、開いた途端に解散という暴挙に出た昨年のことも、53条に反した違憲であること、、などなど。

檻の中のライオンが勝手に檻を壊し、権力を濫用していることに、多様な意見をもつ人々が意見の違いを超えた共通の危機感として、不断の監視を強め行動していくときなのだろうと本当に思います。50代以上もがんば!!

 

RUN 伴 2018 さがみはら 今年も参加できました!

ランとも1今年の「RUN伴 さがみはら」は今日、6月2日と昨年までの秋口とかわって初夏の日差しの中でした。

「チームすきっぷ」さんのメンバーとして、利用者さんの方たちと「相模原商事」の若い皆さんと一緒に歩きました。

ランとも2日差しは暑くても、木陰は涼しいのが救いです。若い皆さんはさすがに慣れている方が多く、交代で車いすを押してくれたり、時に歩き、時に車いすに乗る際のサポートもしっかりしてくれて私の出る幕はほとんどない感じでした。

今回は鹿沼公園が最終ゴールということでしたが、私たちは一区間の参加で解散しました。

介護用の車いすを途中1台お借りしましたが、これまで以上にコンパクトで軽そうで機器の進化を目の当たりにしました。必要な介護用品がどんどん利用しやすくなるといいし、使える器具の種類もいろいろな場面で知ることができるようにすることも必要と実感。

1月 13日(土) 今年もよろしくお願いします

FullSizeRender (2)FullSizeRender (3)暮れからお正月に殺風景な我が家に送られたお花が、文字通り”華を添えて”くれました。

過日、今年最初の「津久井やまゆり園事件を考え続ける会」に参加しました。県の憲章の言葉をどう具現化していくのか、入所者の方たちにとって、そのご家族や支援者のみなさんにとっても、裁判や入所者の意志の確認など何もかもこれからが本当のスタートのようなものです。

特殊な「被告」、「特別な事件」としてかたづけるのでなく、植松被告の内面を分析すること、その考え方がどう培われてしまったのか、を知ることが、問題を不偏的なものとしてとらえ、どう未来をつくっていけばいいか、につながる可能性が大きいと考えている人が少なくないと思います。

植松被告に面会された記者の方や、当時者団体の方などの植松被告の考え方についての分析などを聞き、被告が、自身の自己肯定感を高めるために、優生思想に逃げこんだーあるいは利用した、という話にうなづけるものがありました。

どんな人も差別されない社会を目指したいーが政治に関心を持った最初だったことを改めて考えます。同時にヘイト的な差別や、誰かを貶めることで優位性を持とうとするような考え方が多々みられる今の社会の病理を断つために、やまゆり園の問題にかかわり続けたいとも思っています。この続きはまた。

 

 

 

10月26日(木) 視察も選挙もと、あわただしい10月ももうわずかー

FullSizeRender 選挙前記事上の写真は浜松市の天竜区役所です。木造でしかも、持続可能な森林の共創を目指す国際認証規格、FSC認証という認証を日本の自治体としては最も広い面積で保有保全している浜松市が、その地域産材を活用してつくった2階建ての区役所の写真です。24日と25日、水源地域対策特別委員会で視察に行ってきました。

森林面積の広大な浜松市の中でも天竜区は、有名な天竜美林がある、ということもよく知らないで行ったのですが、とても感銘を受けました。遅く政令市になった市として、浜松市のように、中山間地政策と、森林の保全、活用を、国に頼らず、自律的に地域と市民をしっかり見て取り組む姿勢、その未来への投資のような考え方と熱意ある職員、ととても素敵なことだと思えました。

2枚目の写真は、朝日新聞の10月4日の高村薫さんの取材記事です。衆議院選挙の公示前の記事でした。

選挙も終えて、投票率が低かった中で、漁夫の利のように自民が勝って、でも立憲が躍進したことで一定のリベラル層の受け皿になった、などは書かれていることに異論はありません。

自民党の比例での得票数は、1855万5千票強で、投票した人に対し、33.3%です。立憲が19.9%で約2割。しかし、当選者数は、比例で自民が、66人、立憲は37人、これに小選挙区の得票数と候補者を考えなければ、投票した人で、比例で自民党と書いた人の割合が3割で、議席は過半数を取れるという、今の小選挙区制度がどうしても問題と思わざるをえません。

投票率は総務省の発表で、53.68%。神奈川県では、51.97%と戦後最低を更新したとのこと。新潟など野党の統一候補的な受け皿に無所属候補がなっているところでは、投票率が上がっています。

少なくともこの5年間の政治の中身、政策の是非を問われた選挙だったとは思いますが、なかなか過去は認識しにくいのかもしれません。どなたか北朝鮮のおかげ、と言われた方がいるとか、恥ずかしくも情けない閣僚の発言に選んだ方はどう見るのでしょう。

自治体レベルへの影響でみても、年金制度、国民健康保険、介護保険、後期高齢者医療保険など、今のままの政治では一人ひとりの市民が幸せになれない、、と思えることが多すぎる実態です。ベースにある経済政策の考え方が、大きな資産のある富裕層や大企業はより金余りに、ふつうに暮らしたい人がいつの間にか生活が苦しくなっていく、という、格差が広がっていくようになっていることです。

少なくとも格差をこれ以上ひろげない政治、年金を柱に社会保障と医療の皆保険制度を国民健康保険制度など国の責任で根本的に立て直す政策が求められます。消費税の増税で社会保障など、とんでもない話です。

1989年に消費税が導入され、5%、8%と上がり、逆に所得税の累進税率の緩和が進みました。今の所得税率は所得が4000万円超に対し、45%でこれが最高税率になっています。当時75%の最高税率からの緩和とともに、法人税の緩和、法人優遇課税措置は輸出戻し税など50に及ぶメニューがあると、山本太郎参議院議員が国会質問で明らかにしていました。

法人税は市民税としても国の政策に左右される、自治体にとって非常に波があり、不安定で、当てにできない税です。一方で、企業の内部留保が400兆円にもなり、この5年間で300兆円増えている実態は、やはりここに課税の仕組みをいれるべきと考えます。内部留保が課税を嫌って働く人の賃金に流れるとか、NPOなどへの寄付に流れるような誘導策をとることができないか、と考えますがどうでしょうか。

個人の住むための家や土地には、固定資産税がかかり、固定資産税の緩和策がなくなる中で、高い固定資産税に苦しむ人が増えています。土地の値段が下がらないのは、自治体にとって固定資産税が大きな税収の柱になっていることがあります。国として代替の税をつくらないと、固定資産税頼みの状況がかえられないのです。住むだけの家と土地に税金かかっているのに、金融資産はこの5年間で、250兆円も増えていても、課税されない、というのもとても不公平な気がします。高額な金融資産を持つ超富裕層への課税はやはり必要です。課税によって、たまっているお金が市井に流れるようにすることが必要です。

結局、アベノミクスは格差を広げる政策だという実態に行き着きます。ただ、マイナス金利の影響でニーサとか投資の幅がひろがっているようで、現役世代や年金世代の市民の中には、小口の投資によって部分的に利益を得ているために、アベノミクスで恩恵を受けている、と感じている人もいます。そうした市民が自民党を選んでいることもあるでしょうし、心情的に理解できないわけではありません。それでも、俯瞰してみたときに、大学出ても正社員になれず派遣や非正規を転々とし、一つの仕事では結婚したり子育てをする余裕がない現実、正社員になればサービス残業で命を削るような働き方を強いられる、生まれた親のお金によって学べる条件が変わる実態を放置することは、大人としてこどもの未来を閉ざすことになります。だれもが当たり前に多様に個性を生きていける国、どこに住んでも自治体によって基本的な医療費や保険料の負担が違わない、そういう国にしていくことが政治を選ぶ基本であるべきだと思います。

 

9月 18日(月・敬老の日) 国会冒頭解散!?

安倍政権による、来週28日召集の臨時国会冒頭解散、との報道が新聞でトップ記事に。そういう可能性もあるとされていましたが、ここにきて民進党の解体のような、離党者も相次ぐ状況に、今なら政権が逃げ切れる、と判断したのでしょうか。

とすれば、あまりに手前勝手な政権の私物化で、選挙が安倍首相の利益のために使われるものになります。森友・加計問題でも十分な審議も説明もされないまま、この問題の幕引きになるようでは、第2第3の加計問題があちこちで起きかねません。

前回2014年の衆議院選挙での自民党大勝から、翌15年には「安全保障関連法」による、集団的自衛権行使を可能にした憲法違反と指摘のある法改定が強行可決。今年の5月にはいわゆる「共謀罪法」(テロ等準備罪=組織的犯罪処罰法改正)の採決強行と、説明も、閣僚による答弁さえ満足にできない法を押し通すという無謀な手法が繰り返される政権の私物化が進んできました。

森友学園問題は、籠池元理事長が逮捕されて安倍首相の夫人付きだった役人が出世し、お金のやり取りがあったと公言されているにもかかわらず、安倍夫人も証人喚問もされず、捜査の対象にもならない異常さ。加計学園問題でも、今治市の作成した昨年2016年の議会向け資料では、総理・内閣府主導との文言が幾度も使われていて、しかも何回も食事を一緒にしている”腹心の友”が理事長でありながら、首相は「1月20日に(申請を)知った」と答弁して頬かむり、なんて独裁国家もいいところです。

加計問題では、安倍総理に対し、補助金詐欺のほう助で告発プロジェクトも動き始めているそうです。この国をもう少しまともな、国民に沿った国にするには、今の政権を変えるしかありません。

おりしも、今日は敬老の日。今の介護・医療の在り方と負担増がこのまま続けば、食べていけない高齢者、生きていけない高齢者も増加の一途です。敬老などと言いつつ、歳をとることが不安を募らせてしまう状況を変えるのも、税金の使い方、集め方=政治 を変えることが一番の近道。政権交代に結びつく選挙にしたいものです。

9月 2日(土) 神奈川新聞の記事から

FullSizeRender新聞記事は、8月27日の神奈川新聞の1面です。ちょうど市政報告と意見交換の場をもっていたので、この記事の内容も紹介しました。

来年-2018年度から、国民健康保険の保険者が、自治体から県に移ります。それによって保険料がどうなるのか、国の負担はちゃんと今より増えて50%を超える負担をするようになるのか、、。具体的なことがなかなかわかりません。

この記事によると、各県によって保険料の考え方が違います。神奈川県は保険料を一本化はしない、ということは、以前にも市から聞いていましたが、同じ保険料に一本化していこうという県が多いことがわかります。それだと保険料が上がる、と懸念する自治体が多い―35%の市町村がそう予想している、という内容です。

「皆保険制度」の根幹でもある国民健康保険の費用負担は国が責任を持つべきです。しかし50%の法定負担も達成されていないという国の無責任さが、自治体より広域で、という県国保の方針のもとになっています。国の責任と負担を、セーフテイーネットとしての国保に果たさせることが最優先です。

医療費がかかる、とよく言いますが、薬や、検査を減らして必要最低限にしていくことのチェックがなされるべきです。

国民健康保険の保険料は、40歳以上になると介護保険の2号被保険者として介護保険料も負担しています。さらに、2009年(平21)から後期高齢者医療保険の制度が始まっています。介護保険の始まった2000年からこれらの合算した負担が、どれくらい増えてるか、市の担当課に聞きながら調べてみました。

限度額を払ってる層の保険料は30万円ぐらい増えてることがわかりました。所得にして、900万超えの人ですから、年収では、1000万円ちょっとから上の人ですが。まあ、年収3000万とかあれば、構わないでしょうが、1000万くらいで、収入が増えていない場合、それだけ可処分所得が減っています。

年収200万の人では、10万円以上増え、400万の人も20万円くらい同じくこの17年間で負担が増えています。20年足らずの間に、これだけ保険料負担が増えているのに、給与や収入がこれをカバーできる増え方をしているでしょうか。

後期高齢者医療保険制度は、75歳以上の高齢者だけを対象にしたものですが、その負担はすべての国民が負担している仕組みです。今生まれたばかりの赤ちゃんもまさに数えられているのです。75歳以上と言えば、どうしても医療にかかる割合が増えていきます。その年代だけをくくって「相互扶助的」な保険制度をつくること自体が無理なのです。だから民主党政権ができたときに廃止すると、公約したものでしたがー。

セーフテイーネットとしての皆保険制度を再構築することが求められています。こどもの医療費の自治体格差をつけないためにも、国の責任と負担をあらためてまずはっきりさせていくことが必要と思います。

8月 16日(水) お盆に視察!障がい者の差別をなくすための取組について学んできました。

IMG_3006 (768x1024)IMG_2999 (3) (768x1024)2枚の写真が並びで、わかりにくいでしょうか。

左側は、加古川市の窓口に置かれた、「コミューン」という難聴の方に聞こえが良くなるように、音量を調節できる機器です。

左の写真は、明石市の議場の後方で車いすが出入りできるように設置された昇降機です。車いすの傍聴者に対応できるように、この先にスペースも広く取られています。

昨日8月15日と前日の14日は、兵庫県の明石市に超会派で視察に行ってきました。5会派の女性6人での視察で、目的は、写真の2市の「手話言語・障害者コミュニケーション条例」(明石市)、「手話言語及び障害者コミュニケーション促進条例」(加古川市)について実地に学ぶためでした。

明石市では、この条例制定の過程で当事者団体の「明石ろうあ協会事務局次長」として検討委員会メンバーだった女性が、その後全国初のろう者の議員として市議会議員に当選されたそうです。そしてこの条例だけでなく、「明石市障害者配慮条例」も制定。さらに「成年後見確保任用条例」も制定。これら3つの差別を解消する条例のセット運用に至り、議場に車いすの傍聴席スペースをつくり、写真のような昇降機を設置に至っているのです。

加古川市もやはり議場には、車いすの傍聴席スペースがありました。加古川市では、配慮条例は作らないで、現在の、手話言語、、の条例で、配慮すべき部分のコミュニケーション手段などを中心に、まずは対応していく、としていましたが、議会傍聴スペースがちゃんと作られていることは、両市とも素晴らしく、見習わなければなりません。

明石市の場合、条例を制定する過程で、障がい当事者の方たちや、支援者の方たちなどから、差別と感じたことはどのような場合、場所か、という聞き取りを行っていて、これが配慮条例を作る際、プラスになっています。

手帳の取得状況も、市民の人口に対し、5.5%の人が身体・知的・精神のいわゆるそれぞれの障がい者手帳を取得されています。相模原市の場合、窓口はかなりいっぱいで、職員対応も目いっぱいの印象ですが、それでもおよそ4.4%くらいですから、明石市さんの方がニーズを掘り起こして必要な人がとれるようになっている度合が高いように感じます。

条約批准後、障がい者差別解消法の制定、各自治体での、いわゆる配慮事項、への取り組みなど少しづつ進んでいますが、全国的には、自治体によって違いが出てきていると思います。明石市では、子育て支援の取組も力を注いでいて、そのためもあってか、人口もこの数年増え続けているそうです。

「共生社会」を目指す、と言うことはたやすいです。が、実際に明石市の配慮条例の第1条にあるように「障害を理由とする差別を解消するにあたっては、障害のある人とない人との権利の平等が最大限尊重されなければならない」のであり、その具体的な手段や、ツールが条例などとして、あるいは政策から施策として提示され、使えるようになっていなければならない、と思います。

両市では、飲食店やお店の展示メニューや、コミュニケーションボードの作成にかかる費用の助成をするとか、手すりやスロープをお店がつけるための工事費用の助成などのメニューをつくっています。目が見えなくても、飲食店でおいしいものを食べたり、車いすでも階段のあるお店を利用したり、と我慢をせずに利用できるようにすることが、配慮条例とコミュニケーション条例によって担保されているのです。こういう流れが進むことが、健常者にとって、障がいがある、ということで不当に扱われたり、不自由を強いられてしまっている一つ一つを具体的に知り、理解していくことにつながる、と思いますし、市の担当課の説明でも、お店の人や健常者の側にとってとてもプラスになってきている、と紹介されてました。

私たちのまちで起きたやまゆり園の事件のことを考えるとき、明石市や加古川市が進めるまちづくりの方向に、相模原市こそ、真摯に向き合い、ひとやお金を使う事が共生社会を求めていくことになる、と思った視察でした。

 

 

8月 7日(月) 研修に参加してきました

8月3日講師 8月3日から、琵琶湖の近くの大津市唐崎、という街で行われた「全国市町村議会議員研修」に参加しました。

280名の議員が集まったようで、大学の大講堂のような部屋で、90分の講議を全部で4コマ受けました。

内容は、福祉と医療、災害と福祉、子どもの貧困対策などで、講師に湯浅誠さんもいらしたこともモチベーションとしては大きかったです。

かなりおおざっぱにいえば、田中滋慶応大学の名誉教授が、2025年~2040年をターゲット年とした、地域で高齢者を支える仕組みづくりのお話。湯浅誠さんが、子どもの相対的貧困の説明-社会の発展を阻害する格差としてこの問題を解決していくために、4つのことが必要と話されました。①生きていくためのインフラ、②体験、③時間、トラブル対応で、これらを合わせて提供できるのが、家庭であればいいが、そうもいかない状況では、地域で提供していくことになり、それが「居場所」づくりであるお話し。

3人目に、認知症対策として、医療法人社団つくし会の新田國夫氏が認知症の症状や種類などと国の新オレンジプランを丁寧に説明。介護保険では、認知症対応はなかなか難しく、国もここまでだと思った方がよく、あとは市町村と地域で新たなサービスの仕組みを、作っていくことが必要と。

そして4人目の講師は、NPO法人レスキューストックヤードの浦野愛常務理事。災害対策のNPO活動されていて、全国の災害対策NPOやボランテイア団体とともに、全国災害ボランテイア支援団体のネットワーク=JVOAD(ジェイボアド)の発足にも関わり、その実践的な活動の報告。避難所の運営等、地域で支え、動ける人をどれだけ育成していけるか、が災害関連死の増減にもかかわってくるーというお話も。

以上の講師のみなさんは、最後の浦野さんを除き、厚労省の審議会や、地域包括ケアシステムの検討会など、厚労省職員とともに勉強会をされている方もいて国の政策にはかなり精通しています。国の政策の詳細を知る機会になったことはとてもよかったです。

ただ、先のおおざっぱな説明に書いたように、最終的な解決策、改善策をどこに求めるかは、みなさん、一葉に国にはあまり期待できない、ここからは地域と市町村に、と地域に求めます。確かに、地域の潜在力はまだまだあると思います。何をどう担うか、考えつくされていないのは事実です。地域の個々の人の知恵や生かし方はまだ未知数の部分はあります。

それでも残った違和感は、今の国のお金の使い方=政治の在り方はとても貧困で、国にモノ言えるところにいる人はもっと国の税の在り方、使い方について、モノ言ってほしいということです。介護保険も国の持ち出しを少なくする動機がおおもとにあって、始まって17年。もはやこれ以上の負担を個人に課すのは、いかがなものか、というところもあります。

後期高齢者医療保険に至っては、政権交代した時には、廃止が言われたはずのもの。75歳以上の人を後期高齢者としてその人たちだけの医療保険=相互扶助の仕組み、でみようというのは土台無理です。加齢により医療にかかる割合が増えるのがあたりまえ。ですから40歳以上の現役世代が今後期高齢者医療保険に対し負担する割合が年々とても高くなっています。

結局、国の持ち出しを医療・介護で少なくし、その分を当事者と40歳以上の現役世代、保険組合、国保を担う自治体に負担させる、ということが進んできました。でも自治体の担う国保も限界がきつつあり、来年30年からは、都道府県が国保の保健者になります。ここに自治体の持ち出しの割合が今と比べてどうなるか、見ていかなければなりません。何より、今国保の50%を負担しているはずの国が実際には45%くらいでしょうかー当たり前の責任として、国負担をふやさなければ成り立たないことをもっと声高に言う必要があると思います。

国にお金がなければ、この35年で5倍に増えた防衛費の戦闘機などの費用をカットし、アベノミクスの恩恵を受けた大企業と富裕層には、法人税と資産1億円以上の層への課税を一定の割合で行う、などすべきでしょう。

今の現役世代が、先に希望を持てる世の中だと言えなければ、子どもの未来は明るくならないのではないでしょうか。

国の税の使い方がゆがめば自治体もゆがめられていくと危惧しています。

8月4日講師

7月 24日(月) 津久井やまゆり園追悼式

衆議院での閉会中審査に首相が出席するとなった今日、相模原市では、グリーンホールで、津久井やまゆり園事件追悼式 が県・市・かながわ共同会によって開催されました。

事件が起こって明後日の26日で1年がたちます。19名の命が奪われた残酷で非道な事件であるにもかかわらず、今日も追悼式には、故人のお名前はありません。やはりこのことがしっくりこないし、1年のあいだに、様々な追悼の会や建て替えの説明会や、関係団体の方たちなどのお話をお聞きしてきた中で、本当に改めてなのだが、気づかされたことがあります。

重度の障がいを持っていても、その人の求める暮らし方はそれぞれに違うということ、基本は独立して、あるいは家族と一緒に暮らすことが可能なように支える仕組みを作ること―その暮らしを支えることができるようにサポートする体制を整備するのが、政治・行政の仕事である、という当たり前でシンプルなことなのです。

今日の追悼式、安倍首相の代わりに塩崎文科相が代読したことには少し驚きましたが、掛け声だけで中身がないのは相変わらず、という印象でした。首相も、知事も、市長も、共生社会をつくるーと言われましたが、なぜこんな事件が起きたのか、その責任が政治にあるとも、19名の命を守れなかったことにも言及していませんでした。そこに違和感をもってしまいます。

園長は、守れなかった一人ひとりの命に本当に詫びていましたが、詫びるべきは、政治の責任者だと私は思ってしまいます。容疑者の手紙などから容疑者が詫びていないのは、障がい者の命を奪った殺人を悪かったと思っていない、ということです。そんな考えをなぜ育ててしまったのでしょうか。この根っこがかわらないと同じことが起こる可能性が否定できません。

それぞれの地域に、障がいの重い人も、高齢者も、こどもも、肌の色が違う人もいていいのです。多様な人が多様な生き方をしながら、ゆるくいざ、というときにはお互い様に手をだし、口をだしあえる関係をつくっていけたらいいのではないか、と思いを強くするこの頃です。