9月 18日(月・敬老の日) 国会冒頭解散!?

安倍政権による、来週28日召集の臨時国会冒頭解散、との報道が新聞でトップ記事に。そういう可能性もあるとされていましたが、ここにきて民進党の解体のような、離党者も相次ぐ状況に、今なら政権が逃げ切れる、と判断したのでしょうか。

とすれば、あまりに手前勝手な政権の私物化で、選挙が安倍首相の利益のために使われるものになります。森友・加計問題でも十分な審議も説明もされないまま、この問題の幕引きになるようでは、第2第3の加計問題があちこちで起きかねません。

前回2014年の衆議院選挙での自民党大勝から、翌15年には「安全保障関連法」による、集団的自衛権行使を可能にした憲法違反と指摘のある法改定が強行可決。今年の5月にはいわゆる「共謀罪法」(テロ等準備罪=組織的犯罪処罰法改正)の採決強行と、説明も、閣僚による答弁さえ満足にできない法を押し通すという無謀な手法が繰り返される政権の私物化が進んできました。

森友学園問題は、籠池元理事長が逮捕されて安倍首相の夫人付きだった役人が出世し、お金のやり取りがあったと公言されているにもかかわらず、安倍夫人も証人喚問もされず、捜査の対象にもならない異常さ。加計学園問題でも、今治市の作成した昨年2016年の議会向け資料では、総理・内閣府主導との文言が幾度も使われていて、しかも何回も食事を一緒にしている”腹心の友”が理事長でありながら、首相は「1月20日に(申請を)知った」と答弁して頬かむり、なんて独裁国家もいいところです。

加計問題では、安倍総理に対し、補助金詐欺のほう助で告発プロジェクトも動き始めているそうです。この国をもう少しまともな、国民に沿った国にするには、今の政権を変えるしかありません。

おりしも、今日は敬老の日。今の介護・医療の在り方と負担増がこのまま続けば、食べていけない高齢者、生きていけない高齢者も増加の一途です。敬老などと言いつつ、歳をとることが不安を募らせてしまう状況を変えるのも、税金の使い方、集め方=政治 を変えることが一番の近道。政権交代に結びつく選挙にしたいものです。

9月 2日(土) 神奈川新聞の記事から

FullSizeRender新聞記事は、8月27日の神奈川新聞の1面です。ちょうど市政報告と意見交換の場をもっていたので、この記事の内容も紹介しました。

来年-2018年度から、国民健康保険の保険者が、自治体から県に移ります。それによって保険料がどうなるのか、国の負担はちゃんと今より増えて50%を超える負担をするようになるのか、、。具体的なことがなかなかわかりません。

この記事によると、各県によって保険料の考え方が違います。神奈川県は保険料を一本化はしない、ということは、以前にも市から聞いていましたが、同じ保険料に一本化していこうという県が多いことがわかります。それだと保険料が上がる、と懸念する自治体が多い―35%の市町村がそう予想している、という内容です。

「皆保険制度」の根幹でもある国民健康保険の費用負担は国が責任を持つべきです。しかし50%の法定負担も達成されていないという国の無責任さが、自治体より広域で、という県国保の方針のもとになっています。国の責任と負担を、セーフテイーネットとしての国保に果たさせることが最優先です。

医療費がかかる、とよく言いますが、薬や、検査を減らして必要最低限にしていくことのチェックがなされるべきです。

国民健康保険の保険料は、40歳以上になると介護保険の2号被保険者として介護保険料も負担しています。さらに、2009年(平21)から後期高齢者医療保険の制度が始まっています。介護保険の始まった2000年からこれらの合算した負担が、どれくらい増えてるか、市の担当課に聞きながら調べてみました。

限度額を払ってる層の保険料は30万円ぐらい増えてることがわかりました。所得にして、900万超えの人ですから、年収では、1000万円ちょっとから上の人ですが。まあ、年収3000万とかあれば、構わないでしょうが、1000万くらいで、収入が増えていない場合、それだけ可処分所得が減っています。

年収200万の人では、10万円以上増え、400万の人も20万円くらい同じくこの17年間で負担が増えています。20年足らずの間に、これだけ保険料負担が増えているのに、給与や収入がこれをカバーできる増え方をしているでしょうか。

後期高齢者医療保険制度は、75歳以上の高齢者だけを対象にしたものですが、その負担はすべての国民が負担している仕組みです。今生まれたばかりの赤ちゃんもまさに数えられているのです。75歳以上と言えば、どうしても医療にかかる割合が増えていきます。その年代だけをくくって「相互扶助的」な保険制度をつくること自体が無理なのです。だから民主党政権ができたときに廃止すると、公約したものでしたがー。

セーフテイーネットとしての皆保険制度を再構築することが求められています。こどもの医療費の自治体格差をつけないためにも、国の責任と負担をあらためてまずはっきりさせていくことが必要と思います。

8月 16日(水) お盆に視察!障がい者の差別をなくすための取組について学んできました。

IMG_3006 (768x1024)IMG_2999 (3) (768x1024)2枚の写真が並びで、わかりにくいでしょうか。

左側は、加古川市の窓口に置かれた、「コミューン」という難聴の方に聞こえが良くなるように、音量を調節できる機器です。

左の写真は、明石市の議場の後方で車いすが出入りできるように設置された昇降機です。車いすの傍聴者に対応できるように、この先にスペースも広く取られています。

昨日8月15日と前日の14日は、兵庫県の明石市に超会派で視察に行ってきました。5会派の女性6人での視察で、目的は、写真の2市の「手話言語・障害者コミュニケーション条例」(明石市)、「手話言語及び障害者コミュニケーション促進条例」(加古川市)について実地に学ぶためでした。

明石市では、この条例制定の過程で当事者団体の「明石ろうあ協会事務局次長」として検討委員会メンバーだった女性が、その後全国初のろう者の議員として市議会議員に当選されたそうです。そしてこの条例だけでなく、「明石市障害者配慮条例」も制定。さらに「成年後見確保任用条例」も制定。これら3つの差別を解消する条例のセット運用に至り、議場に車いすの傍聴席スペースをつくり、写真のような昇降機を設置に至っているのです。

加古川市もやはり議場には、車いすの傍聴席スペースがありました。加古川市では、配慮条例は作らないで、現在の、手話言語、、の条例で、配慮すべき部分のコミュニケーション手段などを中心に、まずは対応していく、としていましたが、議会傍聴スペースがちゃんと作られていることは、両市とも素晴らしく、見習わなければなりません。

明石市の場合、条例を制定する過程で、障がい当事者の方たちや、支援者の方たちなどから、差別と感じたことはどのような場合、場所か、という聞き取りを行っていて、これが配慮条例を作る際、プラスになっています。

手帳の取得状況も、市民の人口に対し、5.5%の人が身体・知的・精神のいわゆるそれぞれの障がい者手帳を取得されています。相模原市の場合、窓口はかなりいっぱいで、職員対応も目いっぱいの印象ですが、それでもおよそ4.4%くらいですから、明石市さんの方がニーズを掘り起こして必要な人がとれるようになっている度合が高いように感じます。

条約批准後、障がい者差別解消法の制定、各自治体での、いわゆる配慮事項、への取り組みなど少しづつ進んでいますが、全国的には、自治体によって違いが出てきていると思います。明石市では、子育て支援の取組も力を注いでいて、そのためもあってか、人口もこの数年増え続けているそうです。

「共生社会」を目指す、と言うことはたやすいです。が、実際に明石市の配慮条例の第1条にあるように「障害を理由とする差別を解消するにあたっては、障害のある人とない人との権利の平等が最大限尊重されなければならない」のであり、その具体的な手段や、ツールが条例などとして、あるいは政策から施策として提示され、使えるようになっていなければならない、と思います。

両市では、飲食店やお店の展示メニューや、コミュニケーションボードの作成にかかる費用の助成をするとか、手すりやスロープをお店がつけるための工事費用の助成などのメニューをつくっています。目が見えなくても、飲食店でおいしいものを食べたり、車いすでも階段のあるお店を利用したり、と我慢をせずに利用できるようにすることが、配慮条例とコミュニケーション条例によって担保されているのです。こういう流れが進むことが、健常者にとって、障がいがある、ということで不当に扱われたり、不自由を強いられてしまっている一つ一つを具体的に知り、理解していくことにつながる、と思いますし、市の担当課の説明でも、お店の人や健常者の側にとってとてもプラスになってきている、と紹介されてました。

私たちのまちで起きたやまゆり園の事件のことを考えるとき、明石市や加古川市が進めるまちづくりの方向に、相模原市こそ、真摯に向き合い、ひとやお金を使う事が共生社会を求めていくことになる、と思った視察でした。

 

 

8月 7日(月) 研修に参加してきました

8月3日講師 8月3日から、琵琶湖の近くの大津市唐崎、という街で行われた「全国市町村議会議員研修」に参加しました。

280名の議員が集まったようで、大学の大講堂のような部屋で、90分の講議を全部で4コマ受けました。

内容は、福祉と医療、災害と福祉、子どもの貧困対策などで、講師に湯浅誠さんもいらしたこともモチベーションとしては大きかったです。

かなりおおざっぱにいえば、田中滋慶応大学の名誉教授が、2025年~2040年をターゲット年とした、地域で高齢者を支える仕組みづくりのお話。湯浅誠さんが、子どもの相対的貧困の説明-社会の発展を阻害する格差としてこの問題を解決していくために、4つのことが必要と話されました。①生きていくためのインフラ、②体験、③時間、トラブル対応で、これらを合わせて提供できるのが、家庭であればいいが、そうもいかない状況では、地域で提供していくことになり、それが「居場所」づくりであるお話し。

3人目に、認知症対策として、医療法人社団つくし会の新田國夫氏が認知症の症状や種類などと国の新オレンジプランを丁寧に説明。介護保険では、認知症対応はなかなか難しく、国もここまでだと思った方がよく、あとは市町村と地域で新たなサービスの仕組みを、作っていくことが必要と。

そして4人目の講師は、NPO法人レスキューストックヤードの浦野愛常務理事。災害対策のNPO活動されていて、全国の災害対策NPOやボランテイア団体とともに、全国災害ボランテイア支援団体のネットワーク=JVOAD(ジェイボアド)の発足にも関わり、その実践的な活動の報告。避難所の運営等、地域で支え、動ける人をどれだけ育成していけるか、が災害関連死の増減にもかかわってくるーというお話も。

以上の講師のみなさんは、最後の浦野さんを除き、厚労省の審議会や、地域包括ケアシステムの検討会など、厚労省職員とともに勉強会をされている方もいて国の政策にはかなり精通しています。国の政策の詳細を知る機会になったことはとてもよかったです。

ただ、先のおおざっぱな説明に書いたように、最終的な解決策、改善策をどこに求めるかは、みなさん、一葉に国にはあまり期待できない、ここからは地域と市町村に、と地域に求めます。確かに、地域の潜在力はまだまだあると思います。何をどう担うか、考えつくされていないのは事実です。地域の個々の人の知恵や生かし方はまだ未知数の部分はあります。

それでも残った違和感は、今の国のお金の使い方=政治の在り方はとても貧困で、国にモノ言えるところにいる人はもっと国の税の在り方、使い方について、モノ言ってほしいということです。介護保険も国の持ち出しを少なくする動機がおおもとにあって、始まって17年。もはやこれ以上の負担を個人に課すのは、いかがなものか、というところもあります。

後期高齢者医療保険に至っては、政権交代した時には、廃止が言われたはずのもの。75歳以上の人を後期高齢者としてその人たちだけの医療保険=相互扶助の仕組み、でみようというのは土台無理です。加齢により医療にかかる割合が増えるのがあたりまえ。ですから40歳以上の現役世代が今後期高齢者医療保険に対し負担する割合が年々とても高くなっています。

結局、国の持ち出しを医療・介護で少なくし、その分を当事者と40歳以上の現役世代、保険組合、国保を担う自治体に負担させる、ということが進んできました。でも自治体の担う国保も限界がきつつあり、来年30年からは、都道府県が国保の保健者になります。ここに自治体の持ち出しの割合が今と比べてどうなるか、見ていかなければなりません。何より、今国保の50%を負担しているはずの国が実際には45%くらいでしょうかー当たり前の責任として、国負担をふやさなければ成り立たないことをもっと声高に言う必要があると思います。

国にお金がなければ、この35年で5倍に増えた防衛費の戦闘機などの費用をカットし、アベノミクスの恩恵を受けた大企業と富裕層には、法人税と資産1億円以上の層への課税を一定の割合で行う、などすべきでしょう。

今の現役世代が、先に希望を持てる世の中だと言えなければ、子どもの未来は明るくならないのではないでしょうか。

国の税の使い方がゆがめば自治体もゆがめられていくと危惧しています。

8月4日講師

7月 24日(月) 津久井やまゆり園追悼式

衆議院での閉会中審査に首相が出席するとなった今日、相模原市では、グリーンホールで、津久井やまゆり園事件追悼式 が県・市・かながわ共同会によって開催されました。

事件が起こって明後日の26日で1年がたちます。19名の命が奪われた残酷で非道な事件であるにもかかわらず、今日も追悼式には、故人のお名前はありません。やはりこのことがしっくりこないし、1年のあいだに、様々な追悼の会や建て替えの説明会や、関係団体の方たちなどのお話をお聞きしてきた中で、本当に改めてなのだが、気づかされたことがあります。

重度の障がいを持っていても、その人の求める暮らし方はそれぞれに違うということ、基本は独立して、あるいは家族と一緒に暮らすことが可能なように支える仕組みを作ること―その暮らしを支えることができるようにサポートする体制を整備するのが、政治・行政の仕事である、という当たり前でシンプルなことなのです。

今日の追悼式、安倍首相の代わりに塩崎文科相が代読したことには少し驚きましたが、掛け声だけで中身がないのは相変わらず、という印象でした。首相も、知事も、市長も、共生社会をつくるーと言われましたが、なぜこんな事件が起きたのか、その責任が政治にあるとも、19名の命を守れなかったことにも言及していませんでした。そこに違和感をもってしまいます。

園長は、守れなかった一人ひとりの命に本当に詫びていましたが、詫びるべきは、政治の責任者だと私は思ってしまいます。容疑者の手紙などから容疑者が詫びていないのは、障がい者の命を奪った殺人を悪かったと思っていない、ということです。そんな考えをなぜ育ててしまったのでしょうか。この根っこがかわらないと同じことが起こる可能性が否定できません。

それぞれの地域に、障がいの重い人も、高齢者も、こどもも、肌の色が違う人もいていいのです。多様な人が多様な生き方をしながら、ゆるくいざ、というときにはお互い様に手をだし、口をだしあえる関係をつくっていけたらいいのではないか、と思いを強くするこの頃です。

 

 

6月 11日(日) 代表質問終わりました!

FullSizeRender (2)6月8日と9日が代表質問でしたが、私は8日の最後でした。 翌翌日の10日に、神奈川新聞さんが書いてくれた記事です。 今回は大きく9項目の質問をしましたが、その一つが、5月の20日、21日22日の3日間、深夜にまで及んだ米軍機の訓練のことです。 禁止されている、夜10時以後の訓練には、私も日曜月曜と、苦情をいただきました。その間の市に寄せられた苦情電話の本数のこと、市長が米軍に対し、直接抗議をすることなども求めました。また、あの訓練は何だったのか?ということもどう照会しているか、を問いました。

市としては、やはりあくまでも「県や厚木基地周辺市と連携して」要請や抗議をしていく―。という答弁でした。南関東防衛局に周辺市と県を通じて要請と照会をしているということですが、回答はやはり、ない、と。

騒音への苦情は3日間で63件、ということは、土日の夜間も守衛室で対応している、ということです。守衛さんは大変だったと思います。電話がつながらないということもあったでしょうし。 市として夜間に行われた訓練は何だったと考えるか、という問いには、  「洋上着艦訓練(資格取得訓練=CQ)だったのではないか」と答弁しました。

米軍用機の訓練について、あまりにも日常化されてきていることに嫌悪と憤りをもちます。今日はヘリコプターの音が断続的にずっとしていました。ヘリは岩国に艦載機が移駐しても続くだろうし、やはり軍用機の被害は拡大していくだけです。

今回、綾瀬と大和の両市長が直接抗議したことは、異例のこととしてかつ、基地がある当該の市だから大目に見られる、というような答弁もありました。が、日本の自治体の首長がもっとそれぞれに声を出していっていいんじゃないか、必要なのではないか、という気がしてます。

あまりにも従順かつ、国を頼りにしすぎているような。自治体の首長でなければ、リアルタイムで市民の被害に向きあうこともできないでしょう。

代表質問は他に、下水道のポンプ場の耐震補強工事のこと、東林間駅近いところに計画されている、マンション建設「東林間プロジェクト(仮称)」のことにみる、市の条例の矛盾と課題、公民館の有料化を導入しようという問題について、、、などです。詳細について関心のある方は、市議会のホームページから録画なども見られると思います。

 

 

5月9日(火) 共謀罪ストップを!

写真 2日本の政治劣化が著しい。国会が国民の知る権利も担保出来ていない。今日の新聞に、閣議決定もどんどん軽くなっているとあった。写真は昨年参加した憲政記念館での婦人参政権の70年を記念したシンポジウムの時のもの。

経済的に、正規雇用者が減少し非正規雇用のパート、アルバイト、派遣、役所では任期付短時間勤務雇用などという非正規のカタチも出て来てくるような非正規何でもありの規制緩和が進められてきた。一つの仕事で充分に生活できるかがとても心許ない状況がつくられ、そして消費税増税ー豊かな中間層が崩されて来て二極化が進む中で、特定秘密保護法、安全保障関連法制が強行され、今度は共謀罪。

一定の厚い層として経済的にも比較的豊かな中間層がいて、日本の民主社会が形成され、政治的にも絶妙なバランス感覚が機能して来たと思う。それが崩されて来た2000年代始めの小泉政権下の市場経済原理主義の色濃くなった時も、3回上程されながら3回とも世論が廃案 にした共謀罪を今安倍政権がまた出してきた。

市民を取り締まりの対象にしようということも、刑法のあり方を根底から覆し、行為も事実も無いところで犯罪に問うことが出来るなど、絶対に認めてはならないと思う。

取り締まりや監視社会で暴力の連鎖(テロ)を無くすことは出来ない。貧困と孤立化を防ぐ政治と社会のあり方を目指していくところから暴力を排除して行けるはず。そっちで行きたいと本当に思う❗️

4月 6日(木) 復興大臣の責任は?

4月6日東京新聞今日の東京新聞と、下は神奈川新聞の記事です。この発言が責任を問われないのなら、「大臣」という仕事自体の意味がなくないですか??

国策で進めてきた原発の事故の責任について、実は自民党政権になってから、一度もきちんと釈明されたことないと思うのですが。

加害と被害でいえば国は加害者です。避難せざるを得なかった人々は、被害者なのですが、そこのところわかっていらっしゃらない。新電力の加入世帯にも原発の事故の責任を負わせるような負担をさせることも納得できないし、国の原発推進は、のど元すぎるのを待ち、忘れさせようというのでしょうか。

住宅も避難先も確保すべきが本来の国政府の仕事です。国や福島県のいわば体裁やカタチを維持するために、無理に帰らされ、小学校に通う子供たちは、2011年の事故の前なら避難しなければならない量の放射能に被ばくさせられても仕方がない、とするのでしょうか。

過日、カナダ在住の日本の方が、「カナダは人道主義の国だから、、」とおっしゃっていましたが、日本の政治には人道主義の概念はもうないのでしょうか―。

 

 

3月20日(月祭) お彼岸ですがおとといの記事を―!

写真 (3)一昨日の朝日新聞さんの記事です。最近朝日さんあまり人気ないですが、私は読んでる一人です。昨日の岩国の記事に喜んで先にあちらをあげましたが、これも外せません。

2002年に「地震調査研究推進本部が策定した長期評価」「太平洋の三陸沖北部から房総沖の日本海溝でマグニチュード8クラスの津波地震と同等の地震が30年以内に20%程度、50年以内に30%の確率で発生すると推定していた」と引用し、東電が「2008年5月には実際に予見していた」として、実際の「回避措置をすることは容易だった」、と判決は明言しています。

同時に、国の「規制権限を適時適切に行使して、原子力災害の発生を未然に防止することが強く期待されていた」「国は遅くとも(2007年8月ごろ)同月ごろには、規制権限を行使して、東電に結果回避の措置を講じさせるべきだった」「権限行使しなかったことは、原子炉規制法や電気事業法の趣旨、目的やその権限の性質に照らし、著しく合理性を欠き、国家賠償法の適用上違法だ」と断じています。

認めた賠償額は少ないですが、国の責任を指摘して、不作為に対し法的な判断を下し、賠償を認めた意味は大きいと思います。最近、横浜地裁の、海老名市への判決以外は、司法に落胆続きでしたから、この判決にほっとしました。

少なくとも国と東電に、事故は防げた、と明言した判決が確定してくれるなら、原発の安易な運転再開に多少良い影響があるのではないでしょうか。期待したいですが。

3月 19日(日) 神奈川新聞で連載開始!

写真本日の神奈川新聞1面です。神奈川新聞ががんばっています。厚木基地から岩国への空母艦載機移駐問題での連載記事の1回目。

岩国は、1954年に米海軍が、1956年からは海兵隊も移駐し、58年からは海兵隊が基地の主導権をとり、62年からは名称を「米海兵隊岩国航空基地」とした、と岩国市発行の資料にあります。

オスプレイが最初に岩国にみられたのが、2012年の7月。沖縄の普天間に配備するオスプレイ12機を岩国に陸揚げした、とあります。そして岩国から、10月に普天間に移動。2013年にも、同じく12機のオスプレイがまず岩国に陸揚げ、そこから普天間に移動。沖縄の普天間と岩国がセットになっていることがここでもわかります。普天間基地から、KC- 130空中給油機が移駐してきてもいます。

7.9㎢もの広大な基地面積を持つ岩国が、今後ますます要塞化していくことを、岩国の市民や隣接する、広島県廿日市市の市民など瀬戸内海周辺の市民が非常に危惧しています。現在の岩国市長は厚木基地からの移駐も容認し、国の基地交付金などの財源を確保すること、基地による経済活性化を進めようという立場です。

しかし、海軍と海兵隊の航空基地ですから、騒音問題は周辺の住民からの苦情にも苦慮しているようで、農耕、漁労の阻害という面もあり、臨海部を中心に騒音苦情地域は広がっている、と資料にも記載しています。海で生業を営む人々、観光を営む人、観光客、こうした地域に艦載機の移駐がはたしてどれほどの被害を及ぼしていくのか、想像するだけでなぜ移駐を認めるのか理解できません。

基地の容認が基地の強大化になり、軍人軍属や家族を含め、5700人を超える基地人口になっています。一方で、岩国に艦載機が移駐するからといって、米軍基地全体は縮小するどころか、ヘリコプターの訓練、飛行回数、時間の拡大など基地機能はますます強化していると思われます。オスプレイのヘリパッドが建設中の沖縄県東村高江、名護市辺野古沖、沖縄の基地の拡大もひどいもので、日本への沖縄復帰時に28000㌶からわずか5000㌶しか面積も削減していない状況が沖縄の人々をわじわじさせます。

岩国市への艦載機の移駐、受け入れは、日本全体での基地縮小に結局は逆行していくことになるのではないでしょうか。厚木基地の周辺に暮らす私たちは、基地を縮小させることを望むのであって、日本国内への移駐はやはり基地を拡大させることにつながる、と認識し、安易な移駐にはノーを表明していくべきと改めて思うのです。

米軍基地再編は、沖縄をはじめ、各地で移設、移駐を条件に進められてきています。70%を超える基地負担を押し付けられる沖縄の痛みを全国で分け合うべき、は日米安保条約の基地負担を前提にしての理屈としてはありますが、本来、安保条約の中身を見直すこと、地位協定を改めることなど含め、沖縄の基地撤去の行動を全国区にしていくことが実は今の日本に必要なことではないか、と思いを強くするのです。