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6月14日(日)ここが変!国の第2次コロナ対策補正予算

第2次補正の問題国の第2次補正予算が国会を通過、これにともない市議会にも関連補正予算が提案されてくることになります。

コロナ対策で「超大型補正」は予算額で31兆9,114億円ですが、財務省の資料では、このうち、使途の特定できない新型コロナウイルス感染症対策予備費、10兆円と、国債の利払い等のための国債整理基金特別会計への繰り入れ額963億円等のプラスマイナスを差し引いた、使途の決まっているコロナ対策関係費は、31兆8171億円です。財源は国債の追加発行としています。

第1次の補正額が、25兆6914億円で、予備費と国債整理基金特会への繰り入れを引くと、25兆5655億円でしたから、合計で57兆円を超える額です。

<ここが変!その1>これだけの規模の補正を組みながら、全国の都道府県と地方自治体分は、2次補正でも2兆円です。地方創生臨時交付金として、1次補正では1兆円しか交付せず、これを47の都道府県と約1800の自治体に分配し、相模原市分はわずか14億2200万円でした。

国と都道府県及び地方自治体の歳出の比率が4対6であるのに対し、歳入としての税源の配分が、6対4になっていることの問題はずっと以前から地方側で指摘し、税源移譲を求めてきています。しかし税財源の問題を先送りし、医療と社会保障を悪者にして、国民皆保険の柱である国民健康保険事業や介護保険も県と自治体に投げてきた国の政治のツケが今の無残な姿です。

コロナ危機では国の対応が遅いことに対し不満や不安が広がり、全国的に自治体が率先して、ひとり親世帯や、子育て世帯への支援、小規模事業者などへの支援を打ち出してきていますが、財政が厳しい自治体も多いのが実情です。

本社を置く法人が多く人口密度も高い財源豊かな東京都をバックに、多様な基金を積み増している23の特別区などの自治体は例外として、地方では小規模な自治体と、首長が自治体運営の中心に子どもを置く、あるいはノーマライゼーションの理念・哲学を持ち運営する、などの自治体以外は、この危機に対し思うにまかせない実情があります。

相模原市のように背伸びして政令市になり、合併で中山間地を含めた300平方キロ以上の面積を有しながら、市営の公営企業は下水道のみ、というところで、しかも過去12年間の無理な開発優先の投資で基金も満足に積めていない市では、昨年秋の台風19号被害からの復旧・復興の途上にある中で、生物災害というようなコロナ危機に到底財源が追い付きません。

本来国が交付金を各自治体に配分することを自治体側の要求をいれて充分に措置するべきです。そのための国債発行であり、今年度の予算を不要不急の事業をストップして組み換えをすべきと思います。ところが実際には、上記のように全国の自治体と都道府県分でまだ3兆円の交付金です。

緊急事態宣言を発した時点では、それぞれの自粛要請などは、都道府県知事にゆだねられる法の仕組みになっているのに、各県とその影響を受ける市民に最も近い自治体には、充分な財源を交付すべきです。

<ここが変!その2>1次の補正予算でも「Go  To キャンペーン事業(仮称)」などに1兆8482億円が計上されていたことはおかしな予算として報じられていました。それなのに通ってしまう、という矛盾がそのままでした。

更に2次補正でも、「持続化給付金の対応強化」として1兆9400億円が計上されています。経産省の一般社団法人のサービスデザイン推進協議会に委託された後、上の図のように委託先から電通に再委託されたのち、更に再々再委託先まであるとわかっています。委託先が一つ増えるごとに数億から数十億円が中抜きされてしまう構図をなぜ認めなければならないのか、この補正予算がなぜ通ってしまうのか、不思議でしかたありません。

こんな既得権者を増やし、無駄に税金を使うから、57兆円もの補正を組んでも未だ給付金も届かない、雇用の現場ですくえるはずの人たちが救われず、住居も仕事も失うようなことになって放り出されてしまうのではないでしょうか。これもこれまでの政治の結果であり、その惨憺たる事態を今私たちは目の前にしているのだと思います。

各省庁の省益=既得権益に税金が流れていくしくみが積み重なってきています。更に、防衛費という名目で、コロナ危機の中でも、沖縄の辺野古の海を無理やり巨額な税金で埋め立て、米軍基地を拡大しています。F35、オスプレイなど正面装備を米国から爆買いし、5兆円を超える予算を組んでしまっているこの国の政権はとっくに終わっています。市民の危機には役に立たない政権にはさっさと降りてもらうしかありません。

 

 

 

 

 

5月6日(水)市の検査状況と日本の政治の劣化

新型コロナウイルス感染症 市内の発生状況(5月6日午前9時30分現在)

陽性者数 75人 うち治療中 27人 うち回復 45人 うち死亡 3人

陽性者の内訳 男女別人数(5月6日午前9時30分現在)男性 44人 女性 31人 計 75人

年代別人数(5月6日午前9時30分現在)
10代 1人 20代 20人 30代 6人 40代 13人 50代 18人 60代 18人 70代 5人 80代 6人
計 75人

療養場所別人数(5月6日午前9時30分現在)
治療中 27人 うち医療機関 10人 うち自宅 14人 うち宿泊施設 3人

市衛生研究所におけるPCR検査実績(5月6日午前9時30分現在)
※5月5日(火曜日)の検査数
検査人数 37人 検査件数 38件

※陽性の患者が陰性になったことを確認するための検査も含む。

市衛生研究所におけるPCR検査累計実績(5月6日午前9時30分現在)
検査人数 2,382人 検査件数 2,607件

※陽性の患者が陰性になったことを確認するための検査も含む。

週報(5月4日現在)区別人数 緑区 20人 中央区 24人 南区 24人 市外 7人 計75人

市衛生研究所におけるPCR検査実績
2月 528人 590件 3月 672人 751件 4月 968人 1048件 5月第1週 128人 131件
検査人数に対する陽性率ー3.14%

上記は、現在の相模原市の新型コロナウイルス感染症の検査の状況です。

市のホームページでは、グラフが出ています。それで見ていただくと明確ですが、市の発生率かなり減少しています。連休にはいり、家にいてくれという自粛要請が浸透してきていることも大きな理由と思いますが、市民の中に、手洗いやうがい、という予防意識と、密を防ぐ―人と会うことを控えることも常態化してきていることもあるでしょう。

一方で、不安や、やっていけるのか、という緊張感といら立ちなどが募っていることも見なければいけません。
必要充分な補償なき「自粛要請」が、弱いところにより大きなしわ寄せを押し付けています。

非正規の働く人、外国からの技能実習生という働く人たちが、解雇・失業という生きていく手段を奪われる状況がひどくなっています。派遣法を拡大し、働く人の権利を狭め生活を不安定にしてきた新自由主義の政治のツケ。外国から働きに来る人達に対し、その前から日本にいる多くの外国につながる市民に対し、難民認定もしないで誠実な政策をとらないまま、議論も環境整備も不十分に改悪された入管法のツケー。

日本のPCR検査体制の不十分さ、医療危機に直面しそうな現場は、医療・社会保障に人とお金を削減し、ベッド数も削減して医療現場を顧みないできた、すべてはこの間の自民党と公明党の政治のツケであり政策の結果です。

更に現政権が、一人ひとりの納税者市民に対し責任を取らない、無責任で場当たり的で、既得権者を利するものに劣化してきていたことは、既に森友・加計学園問題や検察人事問題、公文書改ざんなどなど、、で明らかでした。そんな政権が、この未曾有の危機に対応できるはずがないことがより露骨に示されたと言えると思います。

100社を超える倒産も出ている中でも、中小・零細企業の倒産が多いことも深刻です。これ以上現政権を温存させることがこの国の崩壊になっていく―そこが一番の問題だと思っています。

我慢強いといわれる日本人ですが、この政治を未来に続けさせないために何をすべきか、この危機の時にこそ真摯に考えたいです。今の危機は、政権のお友達のようなよほどの資産家や内部留保を莫大に貯めこんだ大企業でもない限り、個人の力でできることには限界があります。公共を活用し、あらゆるつてを頼り、いきるために人の支えを求めましょう!人は人を支えて支えられて生きています。
さがみはら市のホームページでは、コロナウイルス特設サイトで様々な相談窓口の電話も掲載しています。

相模原市代表電話 042-754-1111 自営業者や個人事業主のお金のご相談 042-851-3204(産業・雇用政策課)など、お問合せ下さい。

 

4月9日(木)粛々とできる対策をしながら生活しましょう

川崎市長コメント

コロナウイルスの拡大防止のために、と緊急事態宣言が出されました。これまでの「自粛」の「要請」とどこが違うのか?強制力はあるのか?そんなことを聞かれます。

この宣言は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」という法律を、新型コロナウイルス感染症にも対応できるように、3月に改正され、この改正特措法に基づき発令されます。

法32条1項が「その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるもの」と規定し、この要件を満たしたときに発令される、としています。

法では、実施すべき期間と区域、概要を提示しなければならず、期間は今回、4月7日から5月6日まで、区域に、東京・埼玉・千葉・大阪・兵庫・福岡とともに神奈川県が入っています。

宣言が発令されると、知事が住民に対し、要請や指示ができる、とし、これらを指示したときは、遅滞なく公表しなければならない、としています。

食料品の買い出しや仕事などを除く外出を自粛する旨の要請、学校や映画館、イベントなどの開催を中止するよう要請すること、などがありますが、これらは、あくまで「要請」「指示」であり、従わないからといって罰則はありません。

東京都知事が営業自粛要請の範囲を広くしたいとしている一方、国が逆に広げない、としているのは、補償の問題です。日本の補償があまりに貧困で「ドケチ国家」とか、アベノマスクと海外でも揶揄されるように、規制には補償がセットです。ヨーロッパやアメリカでも、当たり前のことですが、日本は給付金や休業補償も、とても貧弱です。医療体制の崩壊への懸念も、これまでの医療・社会保障費用を削減してきたことへの反省と体制整備への方向性をはっきりさせることがないと、検査を十分に増やすこともままなりません。

神奈川県も、補償ができないため、自粛要請は特にださない、としています。でも、駅ビルの百貨店やショッピングセンターは、食料品以外は閉店しています。このことも本や、衣料品ー靴下や下着類など含めー買い物には不便になっています。

もともと、駅中や駅直結で、再開発により大きなビルをつくり、結果的にまちの商店街をつぶすように、本屋も衣料品店も、ビルに集約され、まちの中から個人店は消えました。それが一斉に休業になる、こういう形で私たちは改めてまちの在り方を考えなければいけないのでは、と思います。

相模原市の、宣言を受けて出された「本市の対応について」を読むと、市民への外出自粛の要請がかなりきつい表現で書かれています。横浜市や県でも、「生活に必要な場合を除き原則自粛してください」といった表現ですが、相模原市は「真にやむを得ない場合を除き外出を自粛するように」という表現にとても違和感です。

なぜこういう、強い、しかも精神論的な縛りをかけるような表現をするのか、とイラっとしてしまいます。公共施設の閉鎖を5月13日まで、とさっさと決めたのも説明不足と思います。緊急事態宣言の機関は5月6日までです。3月2日からずっと続くこの閉鎖がどれだけマイナスをつくっているか、です。

図書館は予約によって貸しだしと返却だけでも可能にしても良いと思うのです。ほかの自治体ではやっていることでもありますし。まちの本屋さんもなく、図書館もだめ、これが都市部でもあるはずのまちの姿です。町田や本厚木、横浜線の淵野辺など本屋さんが独立してあるところもありますが、相模大野では駅ビルとボーノに入っている2店が閉店ではほかにありません。とても寂しいことです。

本屋さんに本を買いにいくのは、生活に必要な外出です。でも、真にやむを得ない場合、になるかどうかは人により判断がわかれるのではないでしょうか。今が緊急事態宣言の時なのか、と議論はあると思いますが。

コロナウイルスが完全に感染者が出なくなる、ことはなかなか難しいと思います。波があると思いますし、自分が絶対かからないとも言えません。だからこそ、粛々とできる対策を手洗い、うがい(私は重層と食塩入れてます)をこまめにしながら、栄養をとり、睡眠もできるだけ充分とって生活しましょう。

 

 

 

 

 

 

4月4日(日)五輪はもう招かない~吉見俊哉さんの寄稿より

「輝かしい時代」五輪はもう招かないーと題した寄稿が2日の新聞に掲載。とても興味深く読んだ。記事を貼り付けたいと思ったが、有料記事のため、記事の全部をここで記載しておきたい。

東京五輪・パラリンピックは、最初からトラブルが続いてきたーとの書き出しで、2度目の東京五輪構想が、2005年夏に当時の石原慎太郎都知事の掛け声で始まった、と思い出させてくれる。

「21世紀の東京をどんな都市にすべきかの真摯な議論はまるでないまま都も国も引きずられていく」「東日本大震災を経て20年の開催権を得た」「東北の『復興』は招致のうたい文句だったが、開催地は東京である」「平成の沈滞ムードの中で人々は、東京五輪の再演によって『あの輝かしい時代を』招来しようとした。五輪神話は昭和回顧の番組からNHK大河ドラマ『いだてん』に至るまで再演され、呪文として機能する。しかも、メデイア上の東京五輪への言及は1990年代以降増加していた。2度目の五倫は、64年五輪が池田政権の『所得倍増』を祝福したのと同様、安倍政権の『アベノミクス』を祝福するはずだった。」

「だからもし、2度目の東京五倫でかくもトラブルが続く根本を問うなら、1度目の東京五輪についての私たちの固定観念を根底から問い直す必要がある。」として著者は自身の著作『五輪と戦後』(4月刊予定)で64年東京五輪の歴史的再検証について記したことを続ける。

「聖火リレーが36年ベルリン五輪でのナチスの発明品なのは有名だが、64年五輪でも、米国統治下の沖縄から始まったリレーの政治性は生々しい。沖縄の人々は聖火を無数の『日の丸』で迎え、これが『祖国復帰』への世論を決定づけた。この演出の背景には、ケネデイ米政権の影があった。同じ影は、国立代々木競技場でも顕著だ。朝霞米軍基地の五輪会場化を狙っていた日本側に対し、代々木ワシントンハイツ全面返還を推進したのは米国側だった。60年安保闘争で盛り上がった反米感情を抑え、日米安保体制を牽固たるものにする必要があった。」

「他方、64年の日本は、工業化途上の貧しき国だった。たとえば女子バレーボールで『東洋の魔女』の異名をとった日紡貝塚チームがなぜあれほど強かったのか。繊維産業で働く膨大な女子工員がいたからだ。経営側は、彼女たちが労働運動に向かうのを抑えるためにバレーボールを推奨し、多数の強豪チームが誕生した。」

「円谷幸吉をマラソン選手にしたのも、彼を自殺に向かわせたのも、自衛隊の訓練体制である。福島の貧しい農家の末っ子は、『軍隊』を目指して自衛隊に入り、銅メダリストとなった。例を挙げていけばキリがない。64年五輪は、殖産興業と富国強兵に邁進した国が、日米抱擁の中に転生した象徴的舞台である。その舞台を、日本人は自分たちの復興と経済的成功の物語として受容してきた。」

「この物語が平成時代、綻び始める。多くの人はもう、五輪は『あの輝かしい時代』の再来にはならないと知っている。たしかに今後、『延期』の2文字に望みをつなぐ人も多いだろう。1年後の五輪を、マスコミは「TOKYO2020+」などと必死で盛り上げるだろうが、「TOKYO2020」が来なかった事実は変わらない。歴史は願望の先にはない。念ずれば救われるわけではないのである。」

私も吉見俊哉氏の著作「五輪と戦後」を読んでみようと思う。

 

 

 

3月15日(日)不寛容に流されず、市の施設と学校を可能なところで開放を!

3月議会は一般質問が中止となり、予算案に対し質問しチェックすることが仕事の議会人としていつも以上に心残りがあります。予算に対する討論も時間制限が事前に申し合わせられる中、私は抵抗しつつも、いつもは、おおむね25分~30分程度なのが、今回は10分以内でした。

結果、今の「コロナショック」と言うべき事態対し、どうしても言っておかなければ、と考えた点だけ述べました。以下、が一部を除く原文のままです。

「コロナショック」の過度な行き過ぎがこどもや高齢者の行き場所を奪わないための判断を求めて」

市長は就任以来、様々な現場に赴き、市民の意見を直接聞く、ことを実践されてきたと承知します。しかし、市民との対話は市長だけでなく、教育、医療、福祉、まちづくり、など市民と向き合う現場の施策を担う職員に意識され、リスクに直面した時にこそ、その姿勢が施策に反映されていくべきものではないでしょうか。

具体的に、今「コロナショック」ともいうべきリスクが行政全般と市民生活のあらゆるところに影響をおよぼし、終わりが見えない中で、市としてリスクマネジメントの考え方について再構築が求められていると考えます。

自治体の判断が、市民・こどもたちにとっては、安心と市への信頼度を分けることにもなり、市行政にとっては、中長期には税収への影響、や、今後の施策への影響も出ると予想します。公共施設の現場では指定管理者、自治会など多様な主体との対応も求められる新型肺炎感染症対策について、緊急性を要する重要課題との認識から、市長の懸命な判断とリーダーシップを求め絞って意見を申し上げます。

 

本市では、2月14日に危機管理対策本部を設置、17日に医療従事者の陽性反応後、医療機関の求めや濃厚接触者中心に、2台のPCR検査機をフル稼働させ積極的に検査を実施してきたことは評価しています。

ただ、1点、衛生研究所(以下衛研)は3台目の検査機を購入するとしていますが、他の政令市でも1日20数件の検査能力という現状で、本市が3台60件の検査能力を持つ必要があるとするなら、衛研としてのバランスと役割を今後どう考えていくのか、という視点で丁寧な説明も必要です。本市の衛研の機能を感染症対策で強化する事を理解はしますが、その一方で、原発事故が終息していない今、東電の賠償により1台だけ購入したゲルマニウム半導体検出器を、予算計上も、市民への説明もせずに廃止する事については、見直していただくよう申し上げておきます。

衛研の皆さんのご努力で、PCR検査が、3月10日時点で908検体数とし、陽性反応は21例確認されていますが、感染経路も比較的把握され、検査数に対する陽性は、この時点で2%強、その後更に率は低下しています。

9日に、政府の専門家会議は、爆発的な感染拡大には至っていない、とし、全国的なイベント自粛や一斉休校要請などの政府の対策について19日ごろ判断を示すと発表しました。

ところが本市では、10日の本部会議で、教育、福祉、観光などあらゆる分野にまたがる公共施設の休止期間を、更に31日まで一律延長と決めました。

一気に規制を強めてしまうと、緩め方はとても難しくなりますが、段階を追ってのリスク管理の判断は、一律ではなく個別丁寧に見る必要があると考えます。

初期と比べ、市民の感染防止意識は高まり、公共施設での感染実績も今はない現状、1つのリスクを回避するための市の判断が、元気な高齢者や子どもの行く場所をなくし、昼夜逆転で健康を害してしまうなど他のリスクを増大させることを十分に考える必要があります。

例えば川崎市の図書館は、図書の貸し出しや返却だけは可能にしていますし、滞留しないようにリスクを減らしての利用は可能なはずです。公民館について、印刷機も使わせてもらえない、と自治会などが困惑しています。もともと地域の独立館であり、一方向的な対応の見直しを求めるとともに、市として、現場で働く人たちが雇用調整などで抱いている不安に応える丁寧な説明を求めます。市民大学交流センターなども、コピー機や離れて座れるフリースペースなど利用を要請します。

公共施設は市民の居場所として活かされ、地域経済の循環とも密接に結びついています。其々の役割を部分的にも果たし、地域を疲弊させない努力を求めます。

 

国による突然の学校休校要請には、市民の戸惑い、不安が広がりました。3月7日の共同通信による調査で、県庁所在地や政令市など84自治体に対し、休校中の対応を調べた結果、低学年中心に学童保育とは別に教室など学校で子どもを受け入れる、と回答した自治体が、77%、65自治体にのぼり、その後も、都内や各地で学校での受け入れは拡大し、千葉市では、当初1、2年生にとどめていた学校での預かりを3,4年生にも広げ、県内の横浜市、川崎市も授業はしないが教員が対応し、学校で受け入れています。海老名市では、時間を制限しつつ校庭を開放し、サッカーを楽しむこども達の写真が報道されました。

見えてくるのは、自治体ごとに現場が苦悩しつつも、子どもの生活全体をとらえて、リスクを減らし、マイナスの影響を少なくするための柔軟な姿勢です。

こどもの虐待件数が増え続ける状況で、本市が、児童クラブを主体とし、子どもの居場所として最も安全安心かつ社会とつながる場所である学校に、一律で登校させない判断は、子どもの自由度を狭め、学校での感染拡大、以外のリスクを見ていない、と指摘します。こどもや保護者の意見を聞き、可能なところから教員の見守りで教室登校を認めることや、校庭を、例えば地域や登校班ごとなど、時間を工夫し開放することを、強く要請します。校庭の遊具に触れることを懸念されますが、より多くの人が利用する公園や他の場所で過ごすリスクを見ないことは矛盾します。こどもの生活丸ごとを見てリスクを少しでも減らしながら、できることを探る、前向きで柔軟な姿勢こそ、人はたから、の教育実践ではないでしょうか。再考を強く求めます。

 

最も緊急性の高い、経済対策について、です。

国は個人事業主を含む、中小・小規模事業者に実質無利子・無担保の融資という特別貸付制度を創設し、自営業者やフリーランスの人にも、業務委託など一定の要件を満たした場合以外は貸付制度で対応としています。先行きの不透明さが解消しない中で新たな借金ができる人は限られ、どこまで救えるのかも不透明です。

全国的には、大阪の枚方市が、休校に伴う保護者に対し要件を定め、市で独自に休業補償を行うとし、島根県の津和野町では、小学生のいる全世帯に、町で使える商品券3万円分を配布するなど、いわば自治体によるセーフテイーネットの動きもでています。

本来国が、大胆な減税策で底上げ的な経済対策を講じることが社会的な安心確保のために最も有効です。津久井地域を中心に東日本台風の復旧途上と、伊勢丹閉館後の急激な来街者減少に苦悩する商店街などに、コロナショックは追い打ちをかけています。本市として、リストラや廃業の窮地に立たされる市民が出ないように、借金によらず、あまねく救うことができる経済対策を国に強く要請していただきたいこと、そして市でも実現可能な施策の検討を求めます。

以上、市民の非常事態に、急がれることにしぼり述べました。

波をつくりつつ長くなる感染症の対応には、従来にとらわれない柔軟な視点で「おそるおそる日常を続ける」市民の努力を支える市政を求め、討論とします。

 

2020年、前市政の膿を出して市民に説明できる市政に

仮置きされた埋設物縮小版麻溝台新磯野土地区画整理事業

2020年がスタートしました。昨年1年間の市政は、市施行の、麻溝台・新磯野地域の土地区画整理事業の疑惑にはじまり、この事業に象徴される、前市政の膿を出さなければならないことが明らかになったーと言ってもいいと思います。

写真は、この区画整理地域38haの地中埋設物調査で掘り出された産業廃棄物が仮置きされた一部です。

昨年3月、統一地方選挙前半戦である市議選と市長選挙を控えた直前の市議会本会議の一般質問で、前市長が私の質問に答え、この事業が実は滞っていて、その理由が、地下埋設物の調査で掘り出された地下埋設物=産業廃棄物にあり、その量が推計で、26万㎥にもなると、答弁しました。しかしこの時は、産廃の処理費用がいくらになるか、推計はしていたはずですがその額は答弁しませんでした。

それまで、「事業は順調」という答弁が繰り返されていましたがこの時初めて事業の実態が少し出され、その直後の選挙で市長が落選。そして6月議会で、今の本村市長が、産廃の事業区域の地下埋設物調査で掘り出された埋設物=産業廃棄物の処分について、推計で60億~100億は必要、という試算を答弁しました。

土地の権利者が処分費用を従前の宅地の「減歩」で賄うことに同意が取れていない、ことも、この時の部長答弁で明らかになり、過去の「事業は順調」という答弁や、2016年度から2022年度まで7年間、清水建設との間で、70億円プラス消費税での一括包括委託契約を結んだことについても、「技術評価3対価格評価1」の割合で総合評価方式で落札した結果に対し疑問を呈し、反対した私たちの意見にもまともに答えてこなかったことなども、現市長は内部の検証チームをつくり、7月から検証をはじめることを答えました。

11月に出された検証チームによる中間報告で、まさにこれらの疑惑がそのまま報告され、事業を進めるために、土地の評価額を一部不当に吊り上げるような係数操作が行われていたことも、判明したのです。

ここまで来たら、地方自治法100条に基づく調査特別委員会をつくるしかありません。市民・民主クラブと共産党、私たち颯爽の会、の3会派で議会運営委員会(議運)開催を求め、11月28日に提案した結果、12月議会最終日の12月20日の議運でも持ち越され、今現在自民・公明2会派の返事を待って年を越しました。

一体何があったのか、全容解明をさせなければ、前期の4年間での議会答弁と事実との乖離、根拠のなさなど議会が愚弄されたようなありかたは看過できません。市役所の中に警察の捜査が入ったことまでわかっていながら、処分もなしに不問に付されたままでは市民は納得できません。

一旦膿をだし、納税者市民に説明をすべきで、そのための議会の手法は今100条調査しかありません。

127億円の区画整理事業、2014年から庁内では異論もあったとおもわれるのに、一気に進めたのはなぜなのか、、、。明らかにさせたい今年です!

 

10月17日 予想できない風水害のこわさ

城山ダム112日に静岡から上陸した台風は、関東から東北にかけて大きな被害をもたらし、未だに相模原市内でも被害の全体は調査中という状況です。

大量の雨が集中して降り続けたことでここまで、、と絶句するような状況が各地で起こってしまっています。

土砂災害が起きている緑区では、土砂の掻き出しなどのボランテイアを19日から募っていく、とのことです。天候があまりよくない日が続いているので、避難されている人には寒さの対策もしっかりできるように、と思います。

予想を超える雨や風が襲うようになったこの数年、「気候危機」という言葉に背中がぞくっとするような実感とこわさを覚えます。自然の猛威の前には、人間がなすすべは限られている、とも改めて思えてきます。

城山ダムが建設以来初めての「緊急放流」を行いました。(写真は台風後の漂流する流木や大量のごみが見える城山ダムです。)4100㎥(毎秒)の流入量で計画されたダムに、4800㎥の流入が続いたことで、ダムの決壊をふせぐために、と決断したことを県のダム管理事務所から聞きました。

台風の前には水位をかなり下げておいたことも聞き、ダム管理者の側としては、すべがないのかもしれないとも思います。一方、緊急放流の時間が変更になったこともあり、流域の市民には、本当に寝られない夜になったとも思います。予想できない雨に対しては、ダムによる洪水調整はできない、ということを改めて国は認識し、ダム建設を見直すべきです。

昨年の西日本豪雨の際すでにダムの緊急放流が災害を大きくし、死者まで出す惨事が起きています。そのずっと前に、宮ケ瀬ダムの建設に際し、裁判で、水需要予測が過大だったことが明らかになっています。なぜここまで国の政策転換ができずにきているのか、人の命が軽んじられているようで怒りがまた沸いてきます。

九州で計画されている石木ダムが、工事の工期延長の方針を示した、と報じられたことを、今日知りましたが、ダムの建設にかける莫大なお金を、被災した人々の生活支援や、ダムによらない、浸水対策、治水・利水の対策を本気で取り組むために充てていただきたいと切望したいです。

風水害の大きさが増すような今、減災・防災優先に公共事業をシフトさせ、無電柱化、浸水対策、など含め地域と河川の形状など、地元住民とともに取り組む姿勢を持ち、国から地方に予算と権限を抜本的に委譲することもとても必要と思います。

本気で気候危機に向き合うことと、無理なハード整備に偏らない、まちづくり、地域づくりを模索していきたいと願います。

 

 

9月1日(日)今年の夏の思い出

夏の思い出4夏の思い出5 夏の思い出2今日から9月です。

議会は先週本会議があり、その前の週には議運で議案が出されるなど始まっていまして、明後日としあさってが代表質問です。

昨年は夏休みは全くありませんでした。今年はお盆のころに数日、新潟と広島に行く日をとることができ、ささやかながら「夏休み」でしょうか。

新潟行きは母の買い物と簡単な掃除、缶詰などの非常食の確保が主な仕事です。デイサービスを受けながら新たなことは覚えられなくても、一人で暮らし続けることを良しとしている母には私も助けられます。

上の写真の向かって右はしは、三登さんとのツーショット。

左はしの写真、広島の平和公園の原爆ドームの前で、訪れる世界の人達に英語と日本語を駆使し、原爆のこと、当時のお話などを説明し、話される、語り部的な活動を13年間続けておられる方です。

三登さんは、偶然にも連れ合いの高校の担任の先生だった方で、私は今年初めてお知り合いになれましたが、とても70歳越えには見えない精悍な若々しさです。

毎日ご自宅から40分、自転車をこいで通われてきてライフワークにされている三登さんの活動は、「ヒロシマの視線」というブログなどで見ることができ、たくさんの人との出会いの中には、2011年、まだ選挙に出る前の山本太郎さんが訪れて話し込んだショットもあります。

平和資料館の在り方への疑問にも即答して下さり、原爆投下直後の広島のまちのジオラマも撤去してしまったことも、とても怒っていらっしゃいました。”アメリカに対する忖度だ”とおっしゃってましたが、その姿はトウモロコシを押し付けられ、戦闘機を爆買いする日本の政権そのものでもあります。

上の真ん中の写真は、8月25日、相模大野中央公園での「もんじぇまつり」に出演した「キンモクセイ」のステージ終えたあと、本部テント横で、ファンの方たちが列をなし、TシャツやCDを購入して握手して、という流れがひと段落したあとの様子です。

私はあまり知らなかったのですが、相模原出身のメンバーを中心としたバンドで、活動を休止していたものを、このもんじぇまつりとその前のイベントで音楽活動を再開され、秋には市内でコンサートだそうです。

もんじぇは毎年商店街の方からのお手伝い要員で1日はテントにいます。今年は2日間とも最後まで好天に恵まれ、しかも気温が程よく涼しく、かつてない好条件の気候でした。人も多く、まいごさんや落とし物も多くて結局お店を回る余裕がなく終わってしまいました!最後の打ち上げ花火は、私には今年の初めてで最後の花火でしょうか。

 

 

 

 

5月17日(金)新たな議会の開会会議

季節が動いて、夏のような陽気になってきまして、とてもご無沙汰のブログです!

任期が始まって初の本会議の今日、市長の初議会でもあり、報道が入っていました。

通年議会の相模原市では、今日から12月20日までの218日間の会期、となります。ただし、今定例会の会期は17日と20日の2日間だけです。

定例会の2日間のうち、今日のほとんどは”議会人事”です。議長、副議長、各常任委員会、特別委員会など、一昨日までの議運協議会での協議を元に決定しています。

議会人事以外の議案として、副市長の人事案と、介護保険条例の改正議案が1件です。

介護保険の条例改正は、1号被保険者(65歳以上)の第1段階と第2段階の所得階層が低い世帯の保険料を引き下げるもので、この議案そのものは市民に歓迎です。問題は条例改正の元になった法律が、10%への消費税増税を財源に、保険料減額を完全に実施することを決めていることです。

民生委員会は今日開催され、会派の議員が質問をしてくれて、その中で、市としても消費増税のような不安定な財源ではなく、直接税など安定した財源を国に求めていきたい―という答弁はしていました。

介護保険の保険料の自治体間格差をなくすにも、まずは国が責任をもち、公的負担の割合を給付にかかる総額の半分、としているしくみの見直しも必要です。その財源を消費税の増税分に頼るなど”ありえなーい!”というもの。介護の社会化をうたった介護保険制度そのものの持続可能性が、制度施行20年になる2020年を待たずにほころびだらけになっている現状もとても危いです。

国のセーフテイーネットとしての介護保険と医療における国民皆保険制度を安心できる制度にする、税金の使い道は命を優先に、消費税も含め、今年の国政選挙で問いたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11月27日(火)水道の民営化?!手放すのは何?

大阪万博を50年ぶりに、、とかいう話題がマスメデイアに取り上げられています。子どものころ父が行ってきた、とお土産をもらった覚えはありますが、、。

こうした一過的なイベント、まして国際的なイベントで経済効果を期待する、ということはわからなくないです。

でも今の日本で、自治体でお金をかけて人を配置するのはそこではないんじゃないか、と思えてなりません。

水道も民営化させようという法改正が衆議院を通過しましたが、コンセッションと言われても、「公」が人とお金をかけて守るべきライフラインに、お金をかけたくない、と投げ出してしまおうというものを、営利を目的とする民間ができるはずがない、というのが理屈のはずですがー。

水道管の耐震補強や、老朽化対策は、全国的な課題です。地震の多い国、維持管理の年月を計算にいれて箱ものもライフランインの敷設もしていくべきは当然です。維持管理を計算せずーあるいは無視してーダムを過剰に作りすぎたあげく、水道料金の負担が過大になり、ゲリラ豪雨への対応が遅れたりおろそかになってしまって、さらに老朽化した水道管の更新もできない、という現実に責任をとらず、ツケは市民に負わせるとしたら、もはや国として「公共」という体をなしていないのではないか、とさえ思えてしまいます。

日本が売られるーという本も読んでますが、水道の民営化、の道理も理屈もない無茶を堂々と言う政権を見ていると、うられるのは日本というより、市民の生活そのものではないか、、と。政権にそこまでの権限はゆだねていないはずなのに、と憤りを覚えます。

一事が万事のような今の政治。災害へのそなえ、老朽化したライフラインの更新、様々な現場を担う人を育て、未来を見通せるようにするために、国と自治体の本質が、取捨選択のあらゆることが本当に問われていると思います。